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【引退特別寄稿】カセ釣り奮闘記・10年間の串本のカセ釣り(第一章:グレ釣り その3)

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(アイキャッチ画像(上画像)は、2014年10月2日の釣果)

2014年は全てが順風満帆。

仕事はパソコン1台あればどこでも出来るので自宅の一室でやってましたが、2月末に新大阪に新たに事務所を構えて、仕事も順調。人の出入りも盛んだったです。

「釣りのブログを作って釣り代稼ぎ」をスタートさせたのが2003年の年末(12月25日)で、10年を経過して事務所を持つまでになったことは感慨深かったです。

釣りの方は、春先の磯釣りから入って(年明けは仕事が忙しかった)、GW頃からカセ釣りでグレ釣り。そして夏を迎えるころには、「磯釣りをやめて、カセ釣り一本」になり、この10年後には釣り自体を引退するわけです。節目はとにかく変わりたがるんですかね僕は。時系列で振り返ると、そうなってます。笑

夏ごろから「3年で1000枚、釣って“魅せる”」と公言も始めました。どんどん追い込んだ方が良いと思ったからですね。

2014年8月19日 63枚の釣果。総重量は50キロを超えていた。笑

千日で千枚(千枚修行)

浅海の海苔グレの釣りは串本のカセ釣りの中の1ジャンルにしたいと僕は思ってました。

そのためには、「実績」が必要で、アオサのエサで常連客がグレをモリモリ釣ってくれるのも期待しましたが、僕は発案者という事で、「個人で1000枚釣った」は越えなければならない登竜門と位置付けました。

2014年は37回の釣行で375枚。ナンとか、一回当たりの平均枚数を二桁(10.14枚)に乗せることが出来たし、2015年は普通に考えれば、これ以上の数字が見込めるはず。

2013年が141枚だったので、累計では500枚を超えているし、2015年中の1000枚達成は「普通に考えれば、まあ、大丈夫だろう」と思ってました。

ところがです、

「数字は甘くない」、この後、それを思い知ることになります。

数字との競争

「累計釣果」という数字は、積み上げていく数字で減るという事は無いので、ある意味、気楽な数字ですが、1000枚修行は、「3年」という期日を切ったので、残りの日数は「減っていく」わけです。

「減っていく」という事には、特有のプレッシャーのようなものがある。「普通に(釣り)してたら、一生、こんなこと知らんだろうな」と、この妙な感覚に関心してました。

「どこかのタイミングで良潮を引っ張って、30枚級の爆釣を連発して、一気に・・・」と、そのタイミングを狙ってましたが、中々思い通りに行かなかったですね。

さらに、6月に入ると、権現のマグロの小割の網に大型グレが付いているという事で、この時から「イワシエサのフカセ釣り」が始まります。(イワシエサのフカセ釣りは最初はグレ狙いだったんです。笑)

イワシで釣れてくるグレはとにかくデカいし、得体の知れない魚もバンバン当たって、常連はみんな切られまくり。

「いやぁ、僕もチャレンジしたいなぁ、しかし、浅海でグレを釣らんとイカンし、んんん」

権現のイワシエサの釣りも本命ターゲットはグレだし、船頭のすすめもあって、「一回やってみよう」でチャレンジすることにしました。すると・・・

ツインパワーSP 3号遠征が一発で殉職

あっさり3号遠征が4番からへし折られました。笑

「バケモン、おるな。。。汗」という感じでしたが、翌日には10キロクラスのブリを釣って、謎の魚の謎解きは「大型青物やで」で一件落着でした。

青物が居るという事で、それまで6号の通しでやっていたものを8号の通しにしてみんな快調に釣ってたんですが、そのうち、その8号が全く通用しなくなります。(みんな切られまくり。笑)

そんな時、釣友の米ちゃんが60cmオーバーの巨大イズスミを釣ってきました。

巨大なイズスミ。これは釣ったら絶対に面白い

この時ばかりは、かなり心は揺らぎました。このイズスミと勝負できるなら、グレ釣りは辞めても構わないとも思ったし、イズスミに限らず、イワシエサで釣ったら、竿が(へし折られそうで)やばいヤツばかり当たって来る。僕の理想とする「愛竿の極限の弧を描く釣り」が、もう手の届くところにあるわけですよ。

しかし、浅海のグレの千枚修行は絶対にやらないといけない僕に課せられたミッションでもあるし、権現のイワシフカセの片手間に浅海のアオサのグレ釣りをやったところで、数字の達成は無理だとも感覚的には解ってました。

悩みに悩みましたが、やっぱりブン曲げの欲望には負けました。(10号をバチ切っていくヤツがゴロゴロおるのに、グレなんか、やってられるかぁ。でした。笑)

この年(2015年)の7月は8回の釣行うち、アオサのグレ釣りは1回しかやらず、残りの7回の釣行は全部巨大イズスミ狙いで過ごしてしまいました。

7月は季節的にも「グレの季節」でもあるし、100枚は積み上げておきたい月間でしたが、結局は17枚のみ。(イズスミ狙いの外道で釣ったグレはノーカウント)

7月が終わって我に返った僕は、「後れを取ってしまった。やってもうた」と、めちゃくちゃ焦りました。8月、9月は猛追を誓って、この2ヶ月間では200枚以上を積み上げることが出来ましたが、「もうちょっと釣っておきたかった」でした。

そして、数が一番見込める10月、11月で一気に1000という数字を突き抜けてしまう目論見でしたが、この年の秋はグレはイマイチで、結局、2015年のグレ釣りシーズンを終わって、累計釣果は905枚で止まりました。

2016年の7月1日が3年の期限なので、2016年のGW明けから6月いっぱいの2ヶ月間で95枚を積み上げる必要があるわけです。「30枚クラスの爆釣が一回でもあればいける。しかし、普通に5、6枚の釣果ばっかりでは、難しいかもしれん」と、この時ばかりは楽観的な気持ちには全くなれなかったです。

ただ、こんな風に数字と戦えることに、大いに喜びを感じてました。

こんな「特有の緊張感のある釣り」は、誰でも経験できるわけでは無いと思ったし、この機会を与えてくれた、浅海のグレ釣りに感謝して、思い入れはよりいっそう強くなりました。

絶対に必要な絶対的な評価

とかく、魚釣りが好きな人は、人と比べたがる傾向がある。

カセに2人で乗れば、相手より釣れた、釣れなかった。カセが3台並べば、どのカセが一番釣れた、釣れなかった、などなど・・・

串本カセのグレ釣りでも、似たような話はたくさんあるし、僕は目立っていたからだと思いますが、比較の対象にされることもしばしばでした。

例えば、僕が3枚しか釣らなかったら、同じタイミングで5枚釣れば、「あの兼崎より2枚多く釣った、俺の方が上手い、すごい」と、まあ、こんな感じです。笑

洒落でやってくれたら僕も乗れるわけですが、ガチでこういうのを吹聴する稚拙なメンタルのオッサン釣り師とか、実際に存在するわけですよ。そういうのと比較されたり、同類にみられる不幸は、「ある程度は仕方がない」と、こっちも諦めてはいるんですが、そういうオッサンとは、なるべく空気を共有しないように、僕も気を使ってましたから。(こっちから積極的に避けていたという事)

そりゃ、僕も、仲良しのHN:悪っちゃんとカセに乗れば、お互いに「自分の方が釣った、釣らんかった」で盛り上がるんです。それはそれで、めちゃ楽しいので、そういうのをどうこう言うつもりは一切無いし、本コラムの読者諸氏も大いにそういうの(勝負、勝負!とか)で盛り上がって欲しい思うんです。

「知っていると、解っているは別物」(海信語録)

この頃の僕は、串本カセのグレ釣りにおいて、アオサのグレ釣りを「串本のカセ釣りの中の一つのジャンルにする」というのをミッションにしてたので、「絶対的な評価」しか考えて無かったです。

普通の人の釣りの評価は、みんな、相対的な評価なんですよ。で、僕の浅海のグレ釣りでは、それ(相対的評価)は、全く意味が無かったです。

絶対評価と相対評価は、例えば、テストで言うと、80点以上取れば合格っていう場合が絶対評価で、上から10人が合格って言うのが相対評価です。

僕は、串本のカセ釣りの中でのジャンル制作をアオサのグレ釣りで実現させようとしていたわけで、そのためには、「絶対的な実績」が必要と考えていたし、その具体的な数字が「3年で1000枚」だったわけです。

だから、局所的に、どっちが方が釣れた釣れんかったで比較するのは全く意味が無かったし、僕の釣りの事をどうこう言う人にも全く興味が無かったです。そんなことに関わることには、僕としては「意味はゼロ」でした。

釣りに行けば1日の釣果が、氷山で言えば、海面に見える一部分。その下の巨大な氷の塊をさらに大きくするような、そういうイメージでアオサのグレ釣りの経験を積み重ねてました。そして、経験がある一定量が蓄積されれば、「知っている」の次元が「解っている」の次元に昇華するはずと、これは確信してました。

「知っている」だけと「解っている」は、50円玉と1万円札くらいの違いあるし、知ってるだけで解ってないオッサンの話は、おおよそで激痛なんですね。で、そういう激痛の釣り自慢はめちゃ多いわけですが、そういうのと一線を画すためにも、「1000」という数字をやり切ることは最重要事項だったし、大きな「意味」がありました。

蛇足かも知れないですが、

例えば、青物釣りで50人が並んだとして、潮が悪くて、一人だけが1匹を釣ったとするじゃないですか。(よくある話と思いますよ)

その一人だけ釣った釣り人は、その日の「竿頭」と呼ばれるわけです。

上記は、厳しい言い方をすれば、「ボーズの連中と比べて虚(むな)しくないんか?」で、「竿頭って言っても、1匹釣っただけやん」です。相対的な評価ってこんなもんなんですよ。

ただ、その一匹だけ釣った人は、その一匹を引っ張り出すために1000の努力を積み上げてきた人(絶対的に評価される人)となれば、その一匹の評価も180度変わるわけで、その一匹で、たくさんの人を魅了することになります。

「名手は釣って見せるだけ、名人は釣って魅せる」(海信語録)

量をこなさないと、想いは遂げられない。人を魅了してこそ、アオサのグレ釣りは、その市民権を得ることが出来るはず。

「1000」という数は、通過点かもしれないけど、絶対にやらないといけない数字でした。

地獄絵図の最終関門

2016年は5月からスタートして、12日が10枚、27日、28日の二日釣りで18枚を釣って、5月終了段階では、累計釣果933枚、残り67枚となりました。

この時点で、一回あたりの平均釣果は8枚だったので、「6月は10回の釣行を予定すれば、行けるだろう」と思いました。

そして、2016年の6月は、初日(1日)から大島入りし、3日間の竿出しを企画しました。

この釣行では44枚の大釣りになって、残りは23枚。日数的には残りは4週間くらいあったので、この時やっと「勝てる」と思いました。

いつもこれくらい釣れてくれたら。笑

潮の感じは良いし、一気に決めてしまいたい気持ちはありましたが、一度帰阪して、次の釣行は、12日から3日釣行にして、「そこで決めてしまおう」と思いました。(実績から計算して8枚平均だから、3日あれば大丈夫とも思いました)

12日は逆潮が飛んで1枚、二日目は逆潮は止まりましたが食いが渋くて6枚で、残りは16枚となって三日目の釣りでしたが、結局14枚の釣果で終わって、合計21枚でした。

21枚という枚数より「後2枚が釣れんかった」でした。笑

残してしまったと言っても、残りは2枚。次の日程は19日でしたが、「さすがに今日、決めてしまうだろう」という事で、19日は、早朝から船頭も同船して、朝一番で連発で釣って、1000枚達成でございました。

生涯で一番うれしかったグレ

19日に累計釣果は1000枚を超えるには超えましたが、これは、浅海以外のポイントも釣果も含んでいたので、「浅海で千枚」を達成するには、後7枚釣る必要がありました。

「ここまで来たら、それもやっておかないと」とは、誰でも思うと思います。日程的にも10日ほど残ってましたが、27日から入って、「2日あれば、何があっても大丈夫だろう」という事で、二日間の竿出しで予約を入れました。

初日、やっぱり逆潮で完全ボーズでしたが、逆潮の中、愛丸の客が竿を曲げているのが見えました。

「ペレットでズボにしたら釣れるかもしれない」とは思いましたが、アオサにこだわって釣ってきたし、ペレットをサシエに使うのは、タナを探すのと、よっぽどの場合のみになっていたので、「潮も逆やし、早上がり」で、この日は昼で竿を収めて、翌日に全力でという事にしました。

翌日は、天気も怪しいし、潮は逆潮のままで絶体絶命。「こうなったら、後7枚釣るまで大阪には帰らん」と覚悟を決めました。

前日の愛丸の客の釣りを参考にしてペレットのズボをメインで釣りましたが、昼までに4枚釣って後3枚。苗我島に潮が行き始めて小鯖が湧きだしたので、マグカゴ釣法にしてみたら2枚連発で釣れたので、後1枚。

気分的には、「ついにここまで来た」ですが、ここで、天候がいよいよ怪しくなってきました。

パラパラと雨が来たかと思うと、徐々に雨脚は強まり、ついには釣りどころの騒ぎでは無くなってきました。

辺り一面、まるで滝つぼのような水しぶきで、水しぶきって白いので、しぶきが猛烈すぎて真っ白になって、ついには辺りが明るくなってくるほどでした。

「いやぁ、殺されるな、これは・・・汗」

約1時間、この状況が続いたんですが、999枚のグレの怨念が僕に仕返しに来ているようにも思いました。

常識的には「撤収やむなし」で、船頭に電話をすることも考えましたが、「これが999枚のグレの怨念なら、ここは逃げてはいけない」と、大袈裟な話では無く、覚悟を決めました。

いや、本当に、雨脚が弱まるまでは、浅海のグレ釣りでの走馬灯が走りましたよ。笑

雨脚が弱まって、アオサのズボに小さなアタリがあったのを、僕は見逃さなかったです。「これは、サシエをペレットにしたら、絶対に抜ける(釣れる)」と確信の打ち返しで、一気の6連発で、浅海の千枚も達成できました。

結局12枚まで伸ばして、1000枚修行は納竿となった

アオサをついばむグレを偶然見たことから3年間。紆余曲折を経て1000枚をクリアー出来ました。

「もう、グレ釣りは当分やらんでもエエな」、と、いや、本当にそう思いました。笑

千枚釣って見えたもの

足かけ4年の丸3年、ほとんどカセ釣りのグレ釣り一辺倒でやってきて1000枚のグレを釣って、さぞかし、すごいモノが見えるのかと思っていたら、いや、全く普通でした。(終わった直後は、ナンも見えませんでしたが、そりゃそーだ、です。笑)

ただ、この企画が終わって暫くすると、「興味深い変化」があり、色々と見えてきました。

まず、2016年の夏以降、アオサが激減しました。まるで1000枚修行の終了に合わせるかのように、串本湾内のアオサはどんどん少なくなり始めたんですね。

翌年(2017年)からは黒潮の大蛇行が始まるわけで、年々海藻類は減少傾向となり、最近では生態系への影響が顕著になってきたことは周知のとおりです。

2013年のあの夏の日、ロープのアオサをついばむグレを僕は目撃しました。

てっきり、浅海のグレ釣りの神様が「お前、グレを釣ってみろ」のミッション(使命)を下してきたと思っていたわけですが、あの光景は、アオサ(海藻類)からのSOSか何かだったのかもしれないと、企画の終了から3年くらい経ってから(要するに6年後)思うようになりました。

枯れる運命にあった海藻類が、釣りを通して、僕に何をさせようとしたのか、何を訴えたかったのか。

「あの海で何か見えざる力が僕に何かを伝えたかったんじゃないか(もしくは、やらせたかったんじゃないか)」というのが、おそらく千枚釣らないと見えなかった(気づかなかった)ことなんですよ。(6年掛かって出た結論です)

アオサは絶滅を前に釣りのエサとして脚光を浴びることを選んだとしたら切なすぎる。

僕は確かに「選ばれた人」だったと思うんですが、求められたら役割は、グレ釣り師として活躍することではなく、もしかして、アオサの棺桶の蓋を閉めることだった?

「ええええーーー、それならまるで懲罰やん」

僕以外の誰もアオサをついばむグレを目撃しなかったのは、そういう事なんかな?(懲罰は僕一人という事)

「もしかして、エースを引いたんじゃ無くて、ジョーカーを引いてた?滝汗」

千枚釣って見えたものがこれです、本当に切なかったです。

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